宗教は必要なのか

9月なのに夏陽気     私です。

地球温暖化などの言葉は使いませんが、地球さんはちょっと怒りっぽいようです。

さて、今回は宗教についてのお話。

な の で

私はこの宗教の熱心な信者だとか、神よ…な考えがある方はどうぞ読まれませんよう。
完全なる無宗教な方も読まない方がいいかもしれませんね。

それではごゆるりと。



-----ここから追記-----

私はある意味無宗教である。
しかし信者でもある。

私が言う「無宗教」と言うのは、ただただ表立った宗教の事。
例えばお盆などにお坊さんがやってくる
そのお坊さんが〇〇派だとかそんな感じのレベル。
つまり私は「心の無宗教」ではなく寺などの流派に興味がない。

祖母祖父の代ではどこどこに頼んで、母の代ではまた別のところに変わった。
私の代になればお寺さんは頼まないだろう。

葬式も御経も、亡くなった人の為にあげていると思われがちだが
実際は残った人の為の儀式らしい。
私はお坊さんが来て御経読まれようが、有難いとは思わない。
正直、仕事前の準備時間にお坊さんが来る事で迷惑している
その上に10分そこらでお車代を払わなければならない。
坊さんにお金を払うのが嫌とかではなく、私にとっては意味のないものだから。
そこら辺の通行人にポッとお金を差し出している感覚なんですよね。

それに私は亡くなった人は望めば輪廻転生ではありませんが
生まれ変わるのでは、と思っているので
尚更お仏壇にお経をあげる意味が分からないのです。

さてここから本題。
宗教は必要か不必要か。
私にとっては不必要です、縋るものは不透明なものではなく自分が認識できるものだと思っている。
今の段階では「人」そのうち「タルパ」になるのでしょうか。
タルパも傍から見れば宗教のように見えるのでしょうが
紐解くと「己」なので、神でも仏でもありません。
神や仏だけが信仰対象かと言えばそうでもありませんが、ここでは詳細は省きます。

私が必要だと思うのは「道徳宗教」だと思うんですよ。
俺無宗教、と堂々と胸を張って言っている人はただのアホだと思われてしまいます。
どこぞかの外国では、私は無宗教なんだとドヤ顔していると
「コイツ教養ないんだな」と思われてしまう国があるらしいので注意。

日本ではただの木、ただの石を卒塔婆だとかお墓だと言っており
蹴ってはいけない折ってはいけないと教えられています。
宗教と言う言葉ではなく、学校で習う「道徳」で刷り込みが既に入っていると思うんですよね。
なので完全に無宗教な日本人は居ません。
神社などにバカをやらかすマイルドヤンキーも、心のどこかではドキドキしている事でしょう。
上記で書いた通り、私は神も仏も信じては居ませんが
輪廻転生やモノに宿る魂だの…自分が面白いと思った事は信じています。
何より日本の八百万神は信じるとうより、例に漏れず刷り込みをされているのでしょう。

刷り込みは日本だけではありませんよね
書いている途中にふと頭に浮かびましたが、英語などでは
「オーマイゴッド」よく聞く言葉です。
実際の意味は様々であれど、悲惨な現場などでよく耳にします。
言葉の時点で「ああ神よ」と言っているのは、そういう事でしょう。
あちらはあちらで神の存在を小さい頃から教えられるのでしょうね。
英語も海外も知らないのでこの辺は想像でしかありませんが。

私が不必要だと思う宗教というのは、恐らく出来て近い新興宗教の事なのかなと。
ま、その宗教に入って満足しているなら勝手にしてって感じですが。
宗教は人に迷惑を掛けなければ自由なんじゃないんでしょうか
迷惑を掛けなければ。
久しぶりに友人から連絡があったと思えば宗教の話
選挙期間になれば宗教臭くなり。
もうね、政治や選挙に宗教入ってきたらお終いだとは思いますが。


友人と晩酌していて面白い議論になったので、記事にしてみました。
結論私が言いたかったのは

宗教は自由
ただし政治利用や人に迷惑掛ける宗教は滅びろ、ってことです。




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